天候も良く、皆さんに楽しんで頂けました!
ありがとうございました!
北色の体験では、団体のお客様にも楽しんでいただけるよう対応していますので、ぜひお問い合わせください。
体験の詳細はこちら↓↓
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京都・由良川のほとりで養蜂場を営む「Honey Rock」さん。西洋ミツバチを飼育し、自然の恵みたっぷりの蜂蜜を届けている。 Honey Rockを立ち上げたのは、当時81歳だった正美さん。きっかけは、一人暮らしを始めた孫が健康を気遣い、蜂蜜に興味を持ったこと。孫からの「ハチ飼わへん?」そのひと言が、正美さんの心を動かした。「今から何かを始めるというのは、なんだかワクワクして嬉しかった」と語る正美さん。同じ地区に住む養蜂の師匠に学びながら、最初の2年は勉強の日々だった。現在は、正美さんを中心に、息子夫婦、そして孫の3世代で養蜂。屋号のロゴデザインはお孫さんが手がけ、それぞれの得意分野を活かしながら、一家で大切に養蜂を続けている。
採蜜するまでには、天候や蜂の健康管理はもちろん、スズメバチなどの天敵から守るため、日々パトロールが欠かせない。特に夏場は、防護服を着るだけでも大変だが、手をかければかけるほど、いい蜂蜜ができるという。
「蜂蜜は季節によって味も色も変化する。その違いを一番に楽しめるのが、養蜂の醍醐味。蜂に刺されることもあるが、仲良くやっていきたい」と微笑む。
蜂蜜を心待ちにしているお客さんの声が、家族の励みになっている。「孫も帰省するたびに手伝ってくれるし、養蜂を始めて家族の会話も増えた。こうしてみんなで関わりながら、今年もおいしい蜂蜜を作りたい。」大切に育てられたミツバチは、今日も家族の絆をつなぎ、運んでいる。
国交省より賞状等授与していただきました!
3月には東京で受賞記念発表会も!
引き続き地域づくり、コンテンツづくり、ワクワクづくり、頑張ります!
一緒に、盛り上げ隊!募集中です
香港からの仲良しご夫婦♡
ジビエハンター中島さんと一緒に山へ入り、狩猟見学をし
ディナーまでの合間に山城屋茶舗さんへ。
ずっと楽しんでおられました!
ビストロqさんの美味しいジビエ料理もご堪能・:*+.
なんと翌日は、丹波生活衣館に行かれて、
福知山を満喫されました!
近いうちにまた日本に来たいとメッセージいただき、
素敵な思い出になれた事が嬉しいです(*´꒳`*)
ありがとうございました♫
体験の詳細、お申し込みはこちら↓↓
「ジビエハンターと行く! リアル狩猟体験&絶品! ジビエフレンチ堪能ツアー」
https://www.kitairo.jp/experience/event26/
「山城屋茶舗の茶筒づくり体験」
朝来市でお米や野菜の栽培をしている、篠墅の篠岡さんご夫婦。農薬や化成肥料を使わず有機肥料のみで育てた体に優しい野菜やお米は地元の子ども園などへ届けている。昌代さんの父は、肥料会社に務めていた時に、お米の栽培指導で全国を回り、栽培方法を知りたいと尋ねて来られる農家さんへの講師もしていた。 「昔から当たり前に食べてきた父の作るお米が食べられなくなると感じたとき、技術やノウハウ、この味全てを継承していきたいと思った。」と語る昌代さんは、ご主人とともに父の後を継いだ。
義父の味を受け継ぐため弘之さんは、毎日欠かさず日記をつけ、義父が亡くなってからは新たに有機栽培のお米も手がけ試行錯誤。農薬や化学肥料を使わず栽培するのは容易ではない。年間を通して必ず収益を上げる方法もしっかりと考え、野菜の収量も増やしている。その中でも朝来市の特産である岩津ねぎは今からが最盛期。
篠墅さんの作るお米や野菜は美味しくて、安心して食べられるとリピーターが多い。それは、ご夫婦のこだわりでもある『人や自然に優しい農業をして未来ある子どもたちに伝え、繋げていきたい』という想いがあるからだ。また、6次産業化にも力を入れ、有機栽培のお米を、一番栄養がある玄米として食べないのは勿体無い、子どもでも美味しく玄米が食べられる方法はないかと考えた昌代さん。そこで商品化したのが玄米粉。栄養価も高く、米粉よりも膨らみがいいとあって人気だ。イベントにも参加している篠墅さん。コラボ商品なども続々増え、父から受け継いだ味は進化を続け、これからも多くの方々へと届いていく。
詳しい内容はぜひこちらをご覧ください↓↓
https://www.kkr.mlit.go.jp/news/top/press/2024/20241122-1tedukurihurusatosyou.html
朝来市で畜産業を営む、宮田畜産の宮田さん。父が牛の世話をする姿を側で見てきた宮田さんにとって、幼い頃から当然のように生活の一部となっていた。
農業大学卒業後、牧場での経験を積み、実家近くの農家から牛を譲り受け宮田畜産を設立。
経営が順調だったわけではなく、病気などで頭数が減ったり、その後のリーマンショックによる消費不振で、牛の価格が下がるなど、大変な時期を乗り越えてきた。
当初20頭程だった牛も、今では230頭を保有する畜産農家へと成長。愛情込め育てられた牛は数々の賞を受賞している。
なんとか経営も軌道に乗り牛舎を大きくしようとした矢先、突然のコロナ禍に入り自粛ムード。またもや外食産業は落ち込み、その影響は大きかったという。それでも、得意先やインスタグラムなどでお世話になっていた方々が変わらず利用してくれていたことや家族の助けもあり、今まで続けて来られた。
コロナ禍で停滞していたインバウンド市場も回復傾向にある今、牛舎を大きくし、希少な血統を持つ但馬牛を大切に守り繋いで行きたいと語る宮田さん。 「明日は、農業高校に通う娘が久しぶりに帰ってきて牛舎の掃除を手伝ってくれる予定です」と嬉しそうに話してくれた。
自身が幼い頃育ってきた環境のように子ども達もまた、父の背中を追い、自然と興味を抱き、その道へ進もうとしている。